バーの開業は、経営手法や必要な届け出など居酒屋・カフェ・ラーメン店など一般飲食店の開業とは、店舗経営において重要なポイントが大きく異なることをご存じでしょうか?
2018年4月13日、経堂にオープンしたショットバー、『Bar Ritorno(バー リトルノ)』。
イタリア語で「お帰り」を意味するRitornoを店名にするこの店は、「いつでも、だれでも、お気軽に」がコンセプト。
オーナーは都心の人気店でバーテンダーの腕を磨いてきた手塚さん。
人気店のサービス・クオリティをリーズナブルに体験できるとあり、オープンから2ヵ月と短いながら、すでに週に3〜4回来店するハードリピーターも生まれています。
スムーズな立ち上げに成功したのは、手塚さんの周到な準備と経験値があってこそ。
バー経営なんて、ドリンクメインで原価が安いんだから簡単では?
こう思う方もいるかもしれません。
一般の飲食店では食材の原価率は30~35%。それに対し、ショットバーの場合、食事ではなくお酒類が中心のため、原価率は15~25%に抑えられます。
しかし、原価が安いから簡単に儲かるといったような単純な話にはなりません。
- ショットバーは客入りのピークタイムが遅い(夜9時過ぎからの入店が多い)
- お酒をゆっくりと楽しむ人が多いため、滞在時間が比較的長い
このような、バー特有の経営スタイルも忘れてはいけません。
このページでは、ショットバー開業で失敗しない基礎知識と創業融資の裏ワザを解説。一般の飲食店とは異なる届け出などもあるのでご注意ください。
今回は実例として、『BAR Ritorno(バー リトルノ)』手塚さんを取り上げさせていただきました。準備から開業〜その後の経営手法まで、BAR開業者には役に立つ情報ばかりをまとめました。
気軽に寄れる普段使いのBarの開業を目指して
手塚さんが経堂にオープンした『Bar Ritorno(バー リトルノ )』。
シングルモルト・ジャパニーズを中心にウイスキー150種類と季節のフレッシュフルーツを使用した華やかなフレッシュカクテルが楽しめます。
温かいながらも、押し付けがましくない手塚さんの接客も魅力。
ひとりでシッポリ飲むも良し、大人のデートで使うも良し、2二次会での利用も良し、老若男女、だれでも優しく受け入れてくれる素敵なショットバーです。
バーというと繁華街に出店するイメージがありますが、手塚さんの目指す店の方向性と違いました。
一度きりではなく、地元の方が足繁く通いたくなる。そんな気軽に入れる心地よいお店をつくりたい
シングルからファミリーまで、さまざまな世帯が住む経堂は手塚さんの出店イメージにぴったり。
店名のRitornoはイタリア語で「おかえり」を意味します。
仕事終わりに帰ってくる経堂で、疲れを抱えるお客様を癒し、明日への活力にしていただきたいと想いを込めてつけた店名。
「いつでも、だれでも、お気軽に」のコンセプトのもと、初めての人でも気軽に利用できるよう工夫がなされています。
- ノーチャージ
- メニューに価格を明記した明朗会計
- メニューでひとつひとつのお酒をきちんと解説
オールドウイスキーの奥深さやフルーツカクテルの華やかさ、お酒の色々な楽しみ方を、もっと多くの人に知ってもらいたいんです
そんな想いがつまったお店が無事にオープン。
手塚さんが理想のショットバー開業を実現するまで、バー経営特有のノウハウと、融資においてあまり知られていないポイントを、順を追って解説していきます。
バーにもさまざまな種類・業態がある
まずは基本知識として、手塚さんが開業したショットバーについて解説します。
ショットバーとは?
日本ではグラス1杯ずつ提供するバーを、和製英語でショットバーと称する。 (出展:Wikipedia)
シンプルに「Bar(バー)」と言っても差しつかえないのですが、わざわざショットバーと呼ぶのにはワケがあります。
スナックバーと区別するため
日本でバーが流行し始めた時代、ホステスが接客をするスタイルの「スナックバー(今でいうスナック)」が主流でした。「バー」と言えば、お酒を楽しむと言うよりも、ホステスとの会話を楽しむ社交場で、お酒もボトルキープが基本。
飲みたいお酒はボトルキープしなくてはいけないため、料金も高くなりがち・・・昭和中期までの「バー」は、そんなイメージが強かったのです。
そこで、本来のバースタイル(アメリカではBar、イギリスではPub)であるグラス一杯(1ショット)ずつの単位で注文することができるバーのことをあえて「ショットバー」と呼び、区別したのがはじまり。
最近ではバーでホステスが接客することは減り、バーといえば、ショットバーをイメージする方が多いため、区別する必要性が薄くなってきています。
どちらかと言えば、提供するお酒の種類・お店のテーマ・提供スタッフ・営業スタイルなどで分類することが増えてきました。
バーの分類・種類
バーと言っても、紫煙を漂わせて静かにグラスを傾ける紳士がいるようなバーばかりではありません。
店によってコンセプトも、立地も内装も営業スタイルも、客単価も客層も、利用されるシーンも異なります。
特にこれからの時代は、今まで考えもつかなかったコンセプトのバーが生まれていくことでしょう。代表的なバーの分類をご紹介します。
- 特定のお酒の種類に特化して特色を打ち出したBAR
焼酎バー、日本酒バー、ワインバー、ウイスキーバー、ラムバー、モルトバー、ビアバー
- 音楽を楽しむことに主眼をおいたBAR
ジャズバー、レゲエバー、ロックバー、ピアノバー、レゲエバー、ソウルバー、生演奏のライブバー
- 競技を楽しむことをメインとしたBAR
プール(ビリヤード)バー、ダーツバー、ゴルフバー、シューティングバー
- お酒を提供するスタッフによる分類
ガールズバー、メイドバー、坊主バー
- フードメニューに力を入れ食事も楽しめるBAR
カフェバー、ダイニングバー、レストランバー、スペインバル
- エンターテイメントやショーを楽しめるBAR
フレアバー、マジックバー、バーレスク東京
- 会話や交流を楽しむことに重点を置いたBAR
アイリッシュパブ、アメリカンバー、スタンディングバー
- 男女の出会いを目的としたBAR
婚活バー、銀座の300円バー
今回の手塚さんが開業したバーは、一番の王道である「オーセンティックバー」。
ショットバーなど純粋にお酒を楽しむ伝統的なバーのことを「オーセンティックバー」(※オーセンティックとは、本物の,確実な,真正な,という意味。)と呼ぶことも増えてきています。
オーセンティックバーとショットバーの明確な線引きはありませんが、落ち着いた雰囲気のお店をオーセンティックバー、カジュアルなお店をショットバーと呼ぶことが多いのです。
手塚さんのお店は、気軽でカジュアルなショットバーに分類されます。
ショットバー経営特有の難しさ
一般的な飲食店と、お酒を主体としたバーでは、ビジネスモデルが異なります。
ビジネスモデルの違いをよく理解してから、バーの経営に取り組む必要があります。
バーの原価率は15~25%
一般の飲食店では食材の原価率が30~35%。
それに対し、ショットバーの場合、食事ではなくお酒類が中心のため、原価率は15~25%に抑えられます。
またフードメニューは乾物や軽食が中心で調理工程が少なく、人件費率も一般の飲食店よりも低く抑えることができます。
個人開業の場合には、オーナー自らお店に入り、ひとりでオペレーションすることが多いビジネスモデルでもあります。
もちろん手塚さんもこの店では、オーナー兼マスター。
人件費(自身の給料)をいくらで考えるか?というのは、ある意味、オーナーの裁量次第と言えます。
家賃15万円、人件費30万円でシミュレーション
ひとりオペレーションのショットバーで「損益分岐点売上(=赤字にならない売上)」をシミュレーションしてみましょう。
赤字にならないためには、いくら売り上げればいいのでしょうか?
オーナー様がみずから店に入る場合、オーナー自身の人件費は裁量次第です。
ひとまず「現状の生活水準を維持するため最低限の収入額」あるいは「これまでの勤め時代に得ていた給与額」に設定し、計算してみてください。
例えば、家賃15万円、水光熱費5万円、その他諸経費5万円、オーナー給与(=今の生活を維持するための最低限の収入額)を30万円とします。
また、店舗運営に掛かる固定費は55万円です。下記がその内訳です。
・家賃:15万円
・水光熱費:5万円
・その他諸経費:5万円
・オーナー人件費:30万円
簡易的に食材原価のみが変動費(売上に連動する費用)であると考え、事業計画をシミュレーションしてみるとどうなるでしょうか。
売上 – 変動費(ここでは食材原価)- 固定費 = 0円となる売上額が、損益分岐点売上。
食材原価を20%に設定し、考えていきます。
売上から変動費(ここでは食材原価)と固定費を引いたものが利益です。
損益分岐点売上高は利益が、プラスマイナス0の状態のため、以下の式で表せます。
売上 – (売上 x 20%)- 55万円 = 0円
売上から変動費20%分を引くことは、「売上 x 80% 」とイコール。
損益分岐売上は利益が0円。
売上 x 80% – 55万円 = 0円
式を変形し、損益分岐点売上高を求めていきます。
売上 x 80% = 55万円
売上 = 55万円 ÷ 80% = 687,500円
このお店の損益分岐点売上は687,500円です。
営業日数を仮に1カ月当たり25日とすると、1日単位の損益分岐点売上は27,500円。
平均客単価を仮に2,500円とすると、1日当たりの必要客数は11名という計算になります。
オーナーひとりで対応できる店舗規模の限界は10~15席程度。
そのため上記の損益分岐点売上を達成するためには、およそ1日1回転が必要ということになります。しかし…
ショットバーは1日1回転が難しい
黒字にするには「1日1回転する客数だけでいい」と書くとそれほど難しくなさそうに思えますが、ショットバーのビジネスモデルを考えるとそう簡単ではないことが分かります。
- 客が入り始めるピークタイムが遅い(夜9時以降の入店が多い)
- お酒をゆっくりと楽しむ人が多いため、滞在時間が比較的長い
- 客席がすべて埋まることはほぼない(※例えば、カップル同士が1席空けて座っているその間に、あとから入ってきたひとり客は座りにくいなど。)
以上の理由から、バー業態で平日・週末問わずコンスタントに1日1回転させるというのは意外と難しいのです。
「客数を増やす」「客単価を上げる」工夫
そこで収支バランスを取るため工夫すべきことは、「客数を増やす」「客単価を上げる」の2つ。
客数を増やす
- 早い時間帯から入店してもらえる工夫をする
例:ハッピータイムの導入、フードメニューを充実させ1軒目需要を狙う
- 営業時間をピークの遅い時間帯にスライドさせる
例:19:00~27:00、20:00~29:00
- 着席位置の誘導を行い、多くの人が座れるように
客単価を上げる
- 内装や接客・サービス等の質を上げ、酒類の品質以上の付加価値を提供
- コミュニケーションをとりながら、追加オーダーを誘導
手塚さんが『Bar Ritorno』で工夫したこと
『Bar Ritorno』では「客数を増やす」「客単価を上げる」ためにどのような工夫に取り組んでいるか、お伺いしました。
客数アップ:はじめてのお客様が入店しやすくする工夫
『Bar Ritorno』は経堂駅から徒歩2分の駅近にある2階店舗。
路面店ではないものの、外からでも窓から中の様子が見え、はじめの方も安心して入店できる物件を選びました。実際に飛び込みで入ってくるお客様もいらっしゃるため、この選択は正解でした。
またインターネット上でも、お店の雰囲気やメニューをアピールし入店前に中の様子が分かるようにしています。
Facebook・ブログ・twitter・instagramにも当たり前のように取り組み、情報をまめに発信することで、一般的なショットバーの「敷居の高さ」を取り除くのが狙いです。
客数アップ:遅い時間帯での営業
『Bar Ritorno』の営業時間を19:00~27:00(翌3:00)。
経堂駅周辺のバーが1時か2時までに閉店するお店が多いなか、Ritornoではお客様のピークタイムに営業時間を合わせ、夜中3時まで営業。2次会、3次会の需要にも対応できるようにしました。
客単価を引き上げる
都心の有名店で、接客・サービスを磨いてきた経験がある手塚さん。身に着けてきた上質なサービス(接客・技術・知識)で、価格以上のお客様満足度を徹底的に追求。
また、店舗の内装は木のぬくもりと間接照明の温かみでくつろげる空間を演出。
ハード・ソフト両面からお客様が感じる「付加価値」を高め、結果として客単価を適切に引き上げることに成功しています。
ショットバーならではの資金調達とは?
ショットバー開業の融資申請は、基本的な一般の飲食店と手続き・審査基準は大きく変わりません。
しかし知っておかないと審査落ちしてしまう、ショットバーならではといえる融資申請の注意点が3つあります。
(1)ショットバーのビジネスモデルを良く理解しておく
一般の飲食店とコスト構造が少し異なります。先ほどお伝えした通り、原価率は低めです。
ビジネスモデルをしっかり理解した上で、適切な事業計画を練りましょう。
融資の担当者は何千件もの事業計画書を見てきたプロ。的を得ない事業計画では、審査にマイナスの影響を与えます。
(2)深夜営業には深夜営業許可が必要
深夜0時以降もアルコール提供する飲食店を営業する場合には、一般の飲食店営業許可に加え、警察署への届け出が必要です。これを「深夜酒類提供飲食店営業開始届」と言います。
融資実行の条件として「許認可」が必要とされることがありますので、注意すべきポイントです。
(3)先に仕入れた酒類は「自己資金」に算入できる
個人でバー開業を目指す方の場合、開業前にコツコツと希少酒やビンテージもの(古酒)を買い貯めているケースは珍しくありません。
この場合、買い貯めた酒類は「食材仕入れ」に当たります。レシートや領収書さえ取っておけば、(支払い済みの)購入金額を自己資金に算入することができます。
「領収書とっておいてよかった…」手塚さんの資金調達実例
何年も前からショットバーでの独立開業を考えていた手塚さん。在職中から、希少酒やビンテージもののお酒をコツコツ買い集めていました。
希少酒は次いつ入るかわからないんですよ
知りあいの酒屋でたまたま入荷したものや、インターネットで手頃な金額で出回っていたものをコツコツと購入。開業準備を着実に進めていました。
ここで、融資獲得に成功した手塚さんの大きなポイントを解説します。それは、仕入れたお酒のレシートや領収書をしっかり保管していたこと。
自己資金額とその貯め方は、融資の結果に大きな影響を及ぼします。融資の最大額が決まるほど、自己資金は重要視されているのです。
手塚さんが買い貯めたアルコール類の購買履歴を取りまとめてみると……
その総額、なんと約150万円!
手元資金に加え、酒類の購入代金を合算した金額を「自己資金」として申請。
手塚さんが買い集めたお酒
融資審査の結果、見事に希望した額で融資を受けることに成功しました。
自宅に所狭しと保管された酒類は、オープン後に売上に転化されるべき「仕入れ原価」として評価され、自己資金とみなされたのです。
ここでのポイントは、レシートや領収書がしっかりとってあったこと。「事業のために使った資金」と証明できなければ、自己資金としては見なされません。
こうして領収書が決め手となり、創業融資に無事通過した手塚さんは、念願のショットバーを開店することができました。
バーの開業を目指す方へ
誰でも優しく受け入れてくれる素敵なバーですので、ぜひ1度足をお運びください。
もしショットバーの開業でお悩みでしたら、少し早めの時間にお邪魔すれば、手塚オーナーが色々とアドバイスしてくれるかも知れません。
その際はオーダーをお忘れなく。
Written by 開業コンサルタント 大森 智幸
■ Bar Ritorno(バー リトルノ)
東京都世田谷区経堂 2-14-13 工藤ビル 2F
経堂駅北口より徒歩2分
営業時間:19:00~翌3:00
定休日:不定休
サービス料、チャージなし
「出店コスト・初期投資額」の計画作成ツール
飲食店開業時に策定する、事業計画書のサンプルを用意しました。
事業計画書は(1)投資計画(2)売上計画(3)収支計画(4)資金調達計画(5)返済計画の5つから成り立っています。今回は(1)の投資計画の箇所をご活用ください。
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開業に役立つ記事や勉強会
1975年生まれ。東京都出身。
東証一部上場のコンサルティング会社にて、数百店舗の飲食店チェーンの立地診断・出店判断を担当。また、大手チェーンのM&A業務に関わるなど、多岐に渡る豊富な経験を持つ。
実務経験15年、1000店舗以上の支援実績を誇る立地戦略・物件開発のスペシャリスト。長年の現場経験に基づいた的確なアドバイスは、個人からチェーン企業に至るまで、多くのクライアントから絶大な信頼を集めている。