2018年1月11日、炊き立てご飯と出汁から作るお味噌汁にこだわる和食店「飯場 松の葉」が日吉にグランドオープンしました。
和食店というと、長年修業を積んだ職人さんが開業するイメージがありませんか?
ですが、こちらのお店は全く違います。
開業されたオーナーシェフ松本久美子さんは、いわゆる「脱サラオーナー」で、元々は大手広告会社のキャリアウーマン。
約20年ガムシャラに働き、第2のキャリアとして飲食店開業を選んだ松本さん。
脱サラで異業種からの飲食店開業・・・飲食業界で長く働いた経験があっても簡単ではないのに、上手くいくワケがない。
そう思われるかもしれませんが、実はそうでもありません。
飲食店開業の成否を分けるのは、経験だけではなく「戦略」です。
松本さんが戦略の重要性に気が付いたのは、和食店での修行中。
ベテラン料理人と一緒に調理場へ立っていた時でした。
先輩料理人の卓越した調理技術に触れ、
あと10年、寝ずに毎日努力しても、現場20年の料理人さんには技術ではとても追い付けない…
そう痛感したと同時に、
でも料理人として優れているから、飲食店開業が必ずしも成功するワケではない…
飲食店をビジネスとして成立させるためには、企画・営業・売上管理・人材管理など、幅広い分野の知識・見識が必要のはず。
その分野においては、自分には20年のキャリアがある。料理人一筋20年の一流料理人よりもわたしの方がアドバンテージがあるのかも?
この気付きが脱サラ開業の成否を分けるポイントになったのです。
飲食業界一筋で何十年も腕を磨いてきたプロの料理人と、料理のクオリティーだけで勝負するのは、無謀な戦い。
しかし脱サラで開業する方には、その人にしかない今まで積み上げてきた強みがあります。
せっかく外食産業以外の業界でキャリアを積んできたのですから、その経験をコンセプト作り・差別戦略に最大限に活かすべきです。
申し遅れました。わたくし株式会社M&Aオークションの大森と申しまして、いままで累計1,000店以上の飲食店開業に携わってまいりました。
やはり脱サラ異業種からの飲食店経営で成否のポイントになるのは、ご自身の経験をお店作りにどう役立て、盛り込んでいくか。
松本さんが辿った、準備から開業までの道筋をお話しながら、その「しなやかな出店戦略」を紐解いていきましょう。
「元キャリアウーマンならでは」の発想と戦略で飲食店を立ち上げる
松本さんが日吉にオープンした「飯場 松の葉」。
炊き立てのご飯と出汁から作るお味噌汁、和のおかずにこだわる和食店。
懐石料理のような華やかな場ではなく、肩のこらないホッとできる日常のひと時を提供します。
飯場 松の葉さん訪問。中央通りのその先で呑む前の腹拵えに丁度いい、使い勝手の良い・・・いやいや、そんな間に合わせの利用ではなく、しっかり味わうべきお店でした。嬉しい。 https://t.co/ySZoLmwiUC
— 日吉丸 (@hiyoshi__maru) 2018年2月27日
なぜ松本さんは、念願だった生まれ育った地元での開業を叶え、その後の経営も順調なのでしょうか?
異業種から脱サラ開業を実現するまで、順を追って解説していきます。
20代・30代は大手広告会社でバリバリのキャリウーマンだった
松本さんは、元々は大手広告会社で勤務するバリバリのキャリアウーマン。
その後のキャリアも華々しいもの。ベンチャー企業の立ち上げに参加し、現場の実務から管理職を経て、最終的には経営のボードメンバーとして、同社の株式上場を実現しました。
この順調に見えるキャリアも、並大抵の苦労・努力で成しえたことではありません。
今でこそ、残業が多いとすぐに「ブラック企業」とメディアが騒ぎますが、当時の広告業界は長く働くのが当たり前。
人並み以上のキャリアを積み上げられた松本さんの働きぶりは想像に難くありません。多忙を極め、自炊をしている暇など持てませんでした。
悩み抜いた末に辿り着いた、第2のキャリア
企業戦士としてガムシャラに働くこと、約20年。
立ち上げから携わってきた会社が株式上場を果たし、ビジネスマンとして1つの大きなゴールを迎えました。
これをきっかけに、勤めてきた会社を退職。
ムチを打ち続けてきた身体を少し休め、次のキャリアについてじっくりと考える時間を取りたい、と考えたのです。
人生の充電期間と位置づけて、大学に再入学。以前から興味があった日本文化(日本語学や日本美術論)を学ぶためでした。
入学とほぼ時を同じくして、趣味の延長で料理教室の講師(業務委託社員)をスタート。この仕事が、料理の奥深さを知るきっかけになったのです。
第2のキャリアとして「料理」を軸にできる仕事はないのかな?
そのまま料理教室の講師を続けることも考えましたが、それでは前職で培った経験が活かせません。
これまで積み上げてきた知識・経験に「和の魅力」「料理」を付加し、自分にしかできない新たな仕事を考えられないか?と自分自身に問いかけ続けました。
大学生と料理教室の講師という二足の草鞋を履き、新たな可能性を模索する中で、たどり着いたのが飲食店開業。
忙しいビジネスマンがホッと心と体を癒されるような、「和」を軸とした飲食店を開業・運営・経営することが、今の自分に最もふさわしいんじゃない?
サラリーマン時代、「たまに夕食を取ろう」と思うと飲食店の選択肢が少なかったんです。
中華料理屋でレバニラ炒めにライスを頼むか、「てんや」の天ぷら定食か。
消費者の動向が変化している今なら、「手作り」「毎朝、出しをとる」「化学調味料、不使用」は商売として武器になるはず。
同時に和の食事の持つ素晴らしさを伝えたい、という想いを叶えることができる!
資金面だけを見れば、今までの貯金ですぐにでも開業できる状態でした。
しかし、松本さんはここからなんと5年の歳月をかけます。
なぜなら、「ビジネスの世界は素人が勝てるほど甘くない」と痛いほどわかっていたから。
飲食店で実務経験を積むため、都心の人気和食店へ勤務。キッチン補助のアルバイトを始めます。
有名和食レストランの現場を経験して、初めて気づいた事実
松本さんは料理教室の講師として約2年、みっちり調理技術を磨いてきました。そのため、料理の腕前は人並み以上。
ですが、「料理が上手」と「料理人として一人前」は全くの別モノ。このことは、松本さんがご自身が誰よりも理解していました。
料理人として密度の濃い経験・実績を積むために、修行先をじっくりと選定。
自分が開業を目指すお店のイメージに近い人気和食店を選びました。
松本さんはいきなり、理想と現実のギャップを目の当たりにします。
まず圧倒されたのは、今まで経験したことのない飲食店ならではの量・スピード・業務方法。
今まで考えたことのなかった“調理場の常識”がありました
140席分の料理の仕込みやオーダーから提供までのスピード感、複数の料理人による分業体制など。
料理講師や趣味で料理の腕を磨いてもたどり着くことがない飲食店の仕組みに初めて触れました。
調理場を切り盛りする先輩料理人は、20年・30年の経験を積んだ猛者ばかり。
その卓越した調理技術に触れ、力の差を痛感せざるを得ません。
あと10年、寝ずに毎日努力したとしても、経験20年の料理人さんにはとても追い付けない…
松本さんのスゴさは、現実をしっかり受け止めながらも、絶望したり、悲観にくれないところ。
逆に飲食業界に身を置いてみてわかったことがある、と語ってくれた松本さん。
料理人として優れているからと言って、飲食店開業が必ずしも成功するワケではない。
飲食店をビジネスとして成立させるためには、企画、営業、売上管理、人材管理など、幅広い領域の知識・見識が必要なはず。
その分野においては、自分には20年のキャリアがあり、料理人一筋20年の一流料理人よりも、わたしの方がアドバンテージがある!
冒頭のこの気付きが、脱サラ開業の成否を分けるポイントとなったのです。
想像よりずっと前職の経験が活かせる場面が多い。 今までずっとやってきた媒体(雑誌やサイト)作りと店舗作りは驚くほど似ている。
どんな人がターゲット(お客様)で、その人たちにどのようなサービス(料理・空間)を提供するのか。企画を詰めていく工程が媒体作りとほぼ同じ。
飲食一筋で何十年も腕を磨いてきたプロの料理人と、料理のクオリティーだけで勝負するのは、無謀。
脱サラで開業する方には、その人にしかない今まで積み上げてきた強みがあります。
せっかく飲食業以外の業界でキャリアを積んできているのですから、その経験をコンセプト作りや差別化に最大限活かすべきです。
それから約5年・・・
料理の面では20年選手の料理人には及ばないけれども、必要最低限のことはできるようになった。
この5年間に培ったスキルと前職の経験があれば、「わたしならでは」の飲食店を作ることができる!
いよいよ独立開業に向けて、具体的な一歩を踏み出します。
サラリーマン経験が光る、綿密なコンセプト作りと徹底した競合調査
独立開業に向け「物件探し」をスタート。わたし大森が初めて松本さんにお会いしたのは、この頃でした。
物件探しのスタートを切ったのはいいものの、なかなか希望条件に合う物件が出てきません。状況を打破するため「物件の探し方」をテーマにした弊社の開業セミナーに参加されたのです。
セミナー受講後、日を改めて個別相談を行い、詳しいお話をお伺いすることに。
まず驚いたのは、すでに約20ページにも渡る創業計画書をしっかり作り上げられていたこと。そして、その計画書の緻密さ・綿密さ。
SWOT分析を用いた的確な分析とそれに基づいた売上計画が立てられていました。
※SWOT分析とは・・?
SWOT分析(SWOT analysis)とは、目標を達成するために意思決定を必要としている組織や個人のプロジェクトやベンチャービジネスなどにおいて、外部環境や内部環境を強み (Strengths)、弱み (Weaknesses)、機会 (Opportunities)、脅威 (Threats) の4つのカテゴリーで要因分析し、事業環境変化に対応した経営資源の最適活用を図る経営戦略策定方法の一つ。フォーチュン500のデータを用いて1960年代から70年代にスタンフォード大学で研究プロジェクトを導いた、アルバート・ハンフリーにより構築された。 -Wikipediaより抜粋 –
松本さんの計画書は、単にご自身の強み・弱みを正確に分析したものではありません。
強み(Strengths)をどう活かし、弱み(Weaknesses)をどのように補完するか?
具体的施策までしっかりと練り込まれていたもの。
加えて、外食産業の動向や地域特性などを加味した市場機会(Opportunities)と競合・競争による脅威(Threats)に対する冷静な分析がなされていました。
出店する日吉エリアには5つの商店街があり、その多くは慶応大学生をターゲットにした安価路線の店だと分析。
一方で、松本さんがターゲットにする地元の大人向けの店が意外と少ないことに気づいたのです。
続いて、日吉エリアでターゲット層がバッティングする店が「どのような商品を」「いくらで」提供し「どのような評価」を受けているか、競合調査をまとめています。
その根拠に基づいた、戦略的なコンセプト・価格設定・提供メニューが提示されていました。
計画書としてはほぼ満点です。
分析に基づいた綿密な経営戦略、現実的な売上・利益計画・・それらが、とてもロジカルかつ非常に読みやすい構成でまとまっていました。
おそらく松本さんが歩んできた道のりのどれか1つでも欠けていたら、ここまでの計画書は書けなかったでしょう。まさに、松本さんのこれまでのキャリアの集大成。
見事な計画書に、長年飲食店開業のコンサルティングをしているわたしも目を丸くしたものです。
わたしは今まで1000店舗以上の支援を行っていますので、かなりの数の事業計画書を見ています。
体裁やボリュームだけであれば、松本さんの計画書に匹敵する計画書を引っ提げて面談にいらっしゃる開業希望者は、それなりにいらっしゃいました。
ただ決定的に”現実味(リアリティ)”が違います。
松本さんの事業計画書は、身の丈にあった現実的なもの。
鮮明かつ具体的に描くことができているのは、会社経営と飲食店の現場、両方を高い目的意識を持って経験されてきたからこそ、と言えるでしょう。
その計画書は、松本さんの飲食店開業の「成功」を予感させるのに十分な内容でした。
松本さんの開業準備期間を、飲食店で働き始めてからと考えるのは間違っているのかもしれません。なぜなら、これまでに培ったキャリアの「全て」が詰まっていたから。
脱サラというのではなく、社会人になった時から独立開業に向け準備を整えていたとも考えられます。
店舗スタッフは身内で固めて開業
無事に、松本さんの地元・日吉に「飯場 松の葉」をオープン。
サラリーマン時代の経験が活きたのは、計画作りなどの開業準備だけではありません。
『スタッフを身内で固めた』のも前職の経験があってこそ。
サラリーマン時代、求人媒体の担当をしていた松本さん。人材採用や人材育成の大変さはイヤというほど分かっていました。
そして新規事業の立ち上げ経験から、新規事業は「そう思い通りにいかない」ことも痛いほど理解していました。
ましてや自身は飲食業経験の少ない状態からスタート。
しばらくは赤字が続くことも覚悟しなければいけないし、新しいスタッフの教育や育成まで、とてもじゃないが手が回りません。
オープニングスタッフは親族や気の知れた仲間(サラリーマン時代の同僚や料理教室で知り合った講師仲間)で固めよう、と決めていました。
シフトにも多少無理が利くし、細かいことまで指示しなくても、こちらの意図を汲み取ってくれます。
お互いに屈託のない意見を言い合えるのも、お店が成長する大きなメリットですね。
事業を始めてみて、この判断は大正解だと実感したそう。
スタッフを身内で固めておいて本当に良かった。もしそうでなかったら、、、と思うとゾッとします。
自分のことだけでも精一杯なのに、それに加えてスタッフのトレーニングやケアをしなければならないような状況だったら、とっくに心が折れていたと思います。
今働いてもらっているスタッフは、このお店を「自分達で作ったお店」「自分達のお店」と考えて、動いてくれるんです。
わたしが指示しなくても、お店の前をキレイに掃除してくれたり、新たなチラシを考えてくれたり、お客さんが少ない時には自主的に早めに上がってくれたり…本当にありがたく思っています!
前向きに頑張れるのも、一緒に働いてくれるスタッフや応援してくれる家族のおかげです。
目標である「繁盛店になること」の本当の意味
オープン直後の「飯場 松の葉」では、営業はランチのみ。
オペレーションが落ち着いてきた3月からディナー営業もスタートし、売上・客数ともに右肩上がりで毎月成長中です。
まだまだですが、もともと半年から1年は赤字覚悟で考えていましたから、ある意味、順調と言えば順調なのかも知れません。
あくまで控えめなコメントの松本さんですが、現時点(2018年5月現在)で、しっかりと経営を軌道に乗せるための「道筋」と確かな「手応え」を感じていらっしゃるよう。
改めて、開業して良かったのはどのような点でしょうか?
一番良かったことは「自由を得たこと」ですかね。 ルールに縛られずに、お客様のためになること、自分がやりたいと思ったことを思い付いたらすぐに実行に移せるのは、とても気持ちが良いです!
決めるのはわたしですから、やるやらないはわたしの自由。いちいち上司のお伺いを立てる必要はありませんし、面倒な手続きも必要ない。
良いと思ったことはすぐ実行。何でも自由にできる分、なにが起きてもその責任はすべて自分で負わなければなりませんが、それはむしろ仕事の「やりがい」と思っています。
色々大変なこともありますが、その大変さを補ってあまりあるほどの「自由」と「やりがい」を手に入れたという感じですね。
なるほど。雇われている立場から経営者になるというのはそういうことですよね。
では今後の目標、「飯場 松の葉」の展望をお聞かせいただけますか?
繁盛店になること、ですね。ただ儲けたい、ただ沢山のお客さんに来てほしい、ということではありません。
当店が提供するサービスが多くのお客様の支持を得て、その結果として、お客さんが増え、そして繁盛店になっていくのが理想です。
お客様からいただく代金は、当店に対する評価だと思います。お客様にとって価値あるサービスを提供できればできるほど、当店が得られる利益も大きくなるでしょうし、いわゆる「繁盛店」と言われる状態に近づいていくのだと思います。
ですから、そういう意味では、メッチャ繁盛したいですし、メッチャ儲けたいですね。(笑)
きちんと利益を出していかないと、頑張ってくれているスタッフの待遇を改善したり、お世話になっている方々に恩返しすることができないですから。
約20年のサラリーマン生活に終止符を打ち、和食のお店を開いた松本さん。
ビジネスマンとしての経験や、5年間の和食店修行に、女性なりの細やかな気配り。
これらすべてを活かした「しなやかな開業ストーリー」を見てどうお感じになられたでしょうか?
開業するお店の事業コンセプトをここまで磨きあげられたのは、飲食店で5年間修行したことが大きなポイントになっています。
一流の料理人と実際に仕事をともにすることで、ご自身の強み・弱みを深く正しく分析できたのです。
脱サラ開業では今までの経験を総動員して、強みを活かすことが成功のひとつの条件。
まずはご自身の「できること・やりたいこと」を見つめなおし、夢の実現のために「やるべきこと」を考えていってはいかがでしょうか。
■店舗情報
店名:飯場 松の葉
住所:横浜市港北区日吉本町1-7-30
アクセス:東急東横線 日吉駅より徒歩3分
営業時間:ランチ11:00~15:00/ディナー17:00~21:30※日曜日はランチ営業のみ
定休日:月曜日、第1・第3日曜日
席数:20席(テーブル14席/カウンター6席)
TEL:045-298-1334
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1975年生まれ。東京都出身。
東証一部上場のコンサルティング会社にて、数百店舗の飲食店チェーンの立地診断・出店判断を担当。また、大手チェーンのM&A業務に関わるなど、多岐に渡る豊富な経験を持つ。
実務経験15年、1000店舗以上の支援実績を誇る立地戦略・物件開発のスペシャリスト。長年の現場経験に基づいた的確なアドバイスは、個人からチェーン企業に至るまで、多くのクライアントから絶大な信頼を集めている。